日本語の歌詞で、
「フニクリ・フニクラ」(ナポリ語: Funiculì funiculà)は、1880年に作曲、発表されたイタリアの大衆歌謡。
本作を知ったリヒャルト・シュトラウスは、これがイタリアに古くから伝わる民謡であると勘違いし、1886年に作曲した交響的幻想曲『イタリアから』(Aus Italien) に「フニクリ・フニクラ」のメロディーを取り込んでしまった。それを知ったデンツァはシュトラウスを訴えて勝訴し、以降この曲が演奏されるごとにシュトラウスはデンツァに対して著作権料を支払っていた。
登山電車「フニコラーレ」は、イタリアのヴェスヴィオ火山山頂まで観光客を運ぶ登山電車として、1880年にトーマス・クック旅行会社により敷設されたケーブルカー。
非常に急勾配で、オープン当初はほとんど利用客がいなかった。そこでトーマス社は、客集めのためにルイジ・デンツァにテーマソング作曲を依頼した。
フニクリ・フニクラは、毎年9月初旬に行われる「ピエティグロッタの祭り」で始めて発表され、広く人気を集めるようになった。
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