アントニーン・レオポルト・ドヴォルザーク(チェコ語:Antonín Leopold Dvořák 、1841年9月8日 – 1904年5月1日)は後期ロマン派におけるチェコの作曲家。チェコ国民楽派を代表する作曲家である。
ブラームスに才能を見いだされ、『スラヴ舞曲集』で一躍人気作曲家となった。
スメタナとともにボヘミア楽派と呼ばれる。その後、アメリカに渡り、音楽院院長として音楽教育に貢献する傍ら、ネイティブ・アメリカンの音楽や黒人霊歌を吸収し、自身の作品に反映させている。この分野の代表作でもあるチェロ協奏曲、『アメリカ』の愛称で知られる弦楽四重奏曲第12番などがある。
1893年1月に着手した交響曲第9番「新世界より」は5月24日に完成するが、4月14日付けの友人宛の手紙の中でドヴォルザークは「この作品は以前のものとは大きく異なり、わずかにアメリカ風である」と書いている。
ドヴォルザークの音楽をとりわけ魅力的にしているのは、シューベルトと並び賞される、その親しみやすく美しいメロディーである。
ピアノ曲『ユーモレスク』変ト長調(Op.101-7, B.187-7)はフリッツ・クライスラーによるヴァイオリン独奏をはじめとする様々な編曲で演奏され、耳に馴染んでいるメロディアスな作品である。
また、歌曲『我が母の教えたまいし歌』は、クラシック音楽の声楽家のみならず、ポピュラー・シンガーによっても愛唱されている。
Als die alte Mutter Mich noch lehrte singen
Tra¨nen in den Wimpern Gar so oft ihr hingen
Jetzt wo ich die Kleinen Selber u¨b’im Sange
Rieselt’s mir von Auge Rieselt’s oft mir auf die braune Wange!
堀内敬三訳
母がわたしに この歌を 教えてくれた 昔の日
母は涙を 浮かべていた
今は私が この歌を 子どもに教える ときとなり
私の目から 涙があふれ落ちる