「ヘブル人への手紙」カテゴリーアーカイブ

罪のためのささげ物はもはや無用です。

“このみこころに従って、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。
また、すべて祭司は毎日立って礼拝の務めをなし、同じいけにえをくり返しささげますが、それらは決して罪を除き去ることができません。
しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、
それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。
キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。
聖霊も私たちに次のように言って、あかしされます。
「それらの日の後、わたしが、彼らと結ぼうとしている契約は、これであると、主は言われる。わたしは、わたしの律法を彼らの心に置き、彼らの思いに書きつける。」またこう言われます。
「わたしは、もはや決して彼らの罪と不法とを思い出すことはしない。」
これらのことが赦されるところでは、罪のためのささげ物はもはや無用です。
ヘブル人への手紙 10章10~18節

“この方こそ、私たちの罪のための--私たちの罪だけでなく、世全体のための--なだめの供え物です。”
ヨハネの手紙 第一 2章2節

“キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。”
ヨハネの手紙 第一 3章16節