1953年、私は母と祖母の3人で暮らしていました。私が3歳の時、母が勤務する小学校の近くにあり、また、母の兄の家族が暮らしていた家の近くにあった幼稚園へ通うことになりました。そこは米国人の園長がいてクリスチャンの教師が教える玉之江幼稚園という園でした。私は毎朝、母と共に歩いて西山三丁目を出発し、途中で別れて母は伊良林小学校へ、私は紺屋町の幼稚園へ向かいました。幼稚園の帰りには伯父の家でしばらく過ごし、一人で西山の自宅へバスで帰るという日々でした。幼稚園の近くには寺町があり、熱心な浄土真宗の信徒だった祖母はよく私を連れて深崇寺という寺に通って説教を聴いていました。祖母の隣に座って私も説教を聴きました。3年が過ぎ、幼稚園を卒園するとキリスト教とは離れてしまいました。私が中学2年の夏、祖母が亡くなると私はイエス・キリストのことを思い出し、福音書に没頭しました。その後、長い年月の後、聖書を通読し、妻と共にいくつかの教会へも通いました。そして、2004年、最後にたどり着いた教会で妻と共に受洗しました。現在、私たちは教会の交わりから離れていますが、さまざまな試練を経てイエス・キリストへの信仰はより強くなっています。
“イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。” ヘブル人への手紙 13章8節
“イエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。”
ペテロの手紙 第一 1章8節
“私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。
私は、祈りのうちにあなたのことを覚え、いつも私の神に感謝しています。”
ピレモンへの手紙 1章3~4節
“「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。
わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」”
ヨハネの黙示録 22章12~13節